内藤さんのブログ記事ノマド幻想 - 「自由になるという不自由」が興味深くい
内藤さんは最近よく聞く【ノマド】(組織に所属しないで自由に仕事をするライフスタイル)について書いていますが自分は【自由】そのものについて考えてみました
そもそも自由の反対には不自由の他に拘束や束縛・・・もしくは組織なんてものも考えられそうです
単純に自由は「善」で不自由は「悪」なのでしょうか

どこかでMな人はS(主人)に拘束や束縛をされている瞬間だけが安心できるって話を聞いたことがある
※エロ本ではなかったよw
不自由には安心があるのかもしれない
人によるかも知れませんが自由には不安を感じる場合があるのかもしれない
どこまでも自由だといったい自分は何から手を付ければいいのかわからないような不安があったりのです
もちろん自由をコントロールすることも可能です・・・でもそれは高い能力なんじゃないかと思ったりもします

いろいろ考えてみると自由には責任が必ずついて回ります・・・自己規制です
「それじゃ自由じゃないじゃん!」って思いがちですが結局、自分の行動に対して「他者が責任を持つ」のか「自分が責任を持つのか」の違いに過ぎないのでしょう

セミリタイヤを目指すのは自由を獲得したいってことです
この経済的自由を獲得するには強い自分の意志が必須ですしその後は完全に自己責任の世界です
単純に「会社勤めから逃げたい」や「ラクしたい」などではセミリタイヤを享受するレベルに達せない
だからこそ限られた人達のみが果たせる領域なのです
やりたいことがあるからこそセミリタイヤは活きてくるのかなぁ~と思ったりもします
自由≠身勝手では決してないってこと

選択肢が多いのは不自由


現代は多チャンネル時代とも言われますしインターネットの時代です
ちょっと前まではテレビなどでの話題(野球やバラエティ番組)がの主役でしたが最近はそれでは会話が成立できないほど自分の好みのものの数だけチャンネル(YouTube含む)を選べる時代
これは幸せなのでしょうか

歌手の安室奈美恵さんがこの件に対して良いこと言ってます
20年、心が折れそうなことがあっても、歌って踊ることをやめなかった理由はどこにあるのだろう?との問いに

「そこまで彼女に夢中になれて、迷うことなく『歌と踊りでやっていきたい!!』と思えたのは、今のようにインターネットがない時代に育ったから、というのも理由のひとつかも。私が10代の頃は、今みたいに情報が飛び交っていなくて、私にはそのビデオテープ(ジャネットのライブ映像)しかなかった。だから、夢を絞り込めたのかもしれないですね」

すぐにインターネットで情報収集ができて、選択肢がたくさんあるってことって羨ましくもあるけど、結局本当に何がしたいのか迷ってしまうこともありそう」と語る安室さん。はたから見れば、適職に出会ったようにしか見えないが、彼女自身は「『この世界がダメなら別の道に行く』という選択肢がなかったから、歌い、踊り続けてこられた」と思っているそうだ。

安室奈美恵「ネットがない時代に育ったから20年続けられた」 - s-woman.netより


制限付きの自由が居心地いいのかな
ほどほどな自由とほどほどな不自由
そんな位置が自分の求める場所だったりする

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