あしたのジョー

尾崎豊

エヴァンゲリオン・・・

どの世代にも自由になる願望を抱き、時代により自由の捉え方がずいぶんと違う。
当たり前の話だけど矢吹丈に夢中になった時代
学校や会社と言う枠組み「仕組まれた自由」や「この支配」からの卒業願望
碇シンジのような現代的な「よい子型順応人間」の心の闇に持つ葛藤・・・。

自由は日本の経済成長に歩調を合わせるかの様に形が変わって行くようだ。
何もない時代と息が詰まるほどに満たされた時代と世紀末の失われていく時代とでは変わってやはり当たり前なのかも知れない。

ただ読み終えて久し振りに思春期の頃に思い描いていた「自由」とは幻想でしかなかった気がする。
「大人になりたくない」ではモラトリアムでしかない
「規則に縛られたくはない」「何もしたくはない」ではただの堕落者でしかない
だから社会の中で生きる以上は自分の中で時間割を決めた「制限付きの自由」しか存在しないと思うし
それ以外の手段で自由を求めたとしても「自由になれた気がした」だけで現実の生活が連れ戻してしまうのだと思う。
かなりディープな内容ですが「ジョー」や「尾崎」「エヴァ」どれかにでも夢中になったことのある人には面白く読めると思うしオススメです。

自由に生きるとはどういうことか―戦後日本社会論 (ちくま新書 689)自由に生きるとはどういうことか―戦後日本社会論 (ちくま新書 689)
(2007/11)
橋本 努

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