記事を書いていると「あれが欲しい」「これも欲しい」と結構書いてきていますが実際に購入してきた物って意外と少ない
そもそもスマートフォンじゃないしケータイでパケット料金が発生していない生活
本は紙で出来たものを読んでいます(笑)
パソコンは完全に壊れるまでは買い換えることがないでしょうしツイッターもやっていません
インターネットは基本、早朝のみ
たぶん欲しいものは欲しいんです
ただ欲しい物を手に入れると満足できるかと言ったらきっと満足できないのです
手に入れた翌日・・・もしくは手に入れた瞬間には次に満たしてくれるモノを探してしまう

そうしてどこまでも満足のできない自分に気付くこともできないところまで行ってしまう自分が見える時があります
だから「ちょっと満たされていない自分」に留めているのには意味があるのかも?なんて気もあります

便利を獲得する前に本当に必要なのか?なんとなく欲しいのか?
手にしたあとで手にした便利はホントに良かったのか?なにか違うものを失っていないか?
つまらない事かもしれませんが気にするクセが昔からあります

子どもの頃から達していた考え方のひとつに
「時間短縮の便利って時間を失っていっている」ってことがありました

たしかビデオデッキの予約録画がバーコードみたいな手入力ではなく便利になった中学か高校の頃
もしくはポケベルが登場した当時

近道思考で考えれば合理的だし時間短縮により世界がまた小さくなっていったのですが
自分の考えでは人間はあらたに時間を失っていっている感覚があります

ひとは満足ができないのでどこまでも満足に向かう製品の中から自分自身がどこかで納得のいく答えを見つけなければいけないと近頃は考えています

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